Deweyカンジの枝葉末節

御所南のDeweyです。こちらでは脳内にある、お店フィルターにかける前のお話をしようと思います。

懐かしい夏を思うと。

こんばんは。

9月もそこまできております、そろそろ残暑の気配。

我が家には中3の思春期女子がおりまして、例に漏れず冬には受験が控えておりますので夏期講習に勤しみながら、それなりに友人との青春時間も設けている様子。

それを見てるとなんだか羨ましい、中2くらいから人生やり直してみたい、今の価値観を携えてブースト込みでやり直したい笑。なので自分の失敗を踏まえ鬱陶しくならないくらいの強度で、まあちょっと頭に残れば良いかなあくらいの希望で「悔い残らんようにね〜」と助言をしているのですが、まあ心配といえば心配笑。でも心が健全に育ってくれることの方が大切だと言い聞かせ、なるべく干渉しないように心がけております。

イレギュラータイプの父親だからなのか、思春期にも関わらず他のご家庭のお父さんだと涙を流して羨ましがるくらい懐いてくれてます、しかしぼくの歪んだ性格のせいでまあまあドライな対応をしてしまいます。ところがそれを乗り越えて甘えてくるというタフな娘っぷり笑。そうされると如何にドライなおっさんとはいえやはりかわいいのでついつい甘やかしそうになるのですが、正すべきことは自分の行いを棚に上げてでも努力しなければなりません笑。その分、別のターンで1割増しくらいでヨシヨシしてバランスを取ろうと実験してみております。

とはいえやはり大人の意見で押し切りそうになります、過干渉かなあと思うこともたまにはあったりなかったりを自問自答。三国干渉で戦争が起こるのですから、干渉しすぎは良いことが起こりません笑。

 

そんな夏休み期間、横で見てると自分の中高時代を思い返してしまいます。団塊ジュニア世代ですので受験戦争真っ只中でしたし、部活もあったし塾や予備校・割と厳しめな家庭環境とで、なんだかんだで友人と遊びに行った思い出が全くない笑。そんなぼくが夏休みの思い出として頭に浮かぶアイテムが2つあります。

 

 

 

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まずはこれ、昔あったFM STATIONというFMの番組表&音楽情報の雑誌。部活から帰ってきて風呂に入り、クーラーの効いた部屋でこの鈴木英人氏の表紙を眺めつつラジオから流れてくる音楽を聴きながら、海でお酒を飲んで彼女や友人と大人の時間を過ごすという脳内変換を試みてました。ホール&オーツとかボビーコードウェルとか、大人っていいなあ〜と笑。そういえば、、高2くらいで初めて買ったイバン・リンスで初めてブラジル音楽を意識したのも良い思い出、ラジオのおかげ。お小遣いも少ないし今の子供達のように無料で音楽を聴けなかったので、伸びないと言われるメタルテープを頑張って買って、エアチェック(死語?)したのを何度も編集して聴いたなあ。。。純粋な頃のぼく、、、笑。

 

 

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次はこれをなぜか思い出します、高橋三千綱氏の九月の空。1960年代が舞台の青春物でで、1990年前後が思春期だったぼくにはズレがありますが、携帯もパソコンもなかった時代なのでそれほど齟齬を感じなかったような気がします。多分中百舌鳥駅の天牛書店(もうないのかな?)の中古コーナーで買ったような記憶が、夏休みに買ったということなのかなあ。

同じ剣道部の男の子が主人公ということでグッとのめり込みました。その彼が日本一になりたいとかではなく都内でまあまあそこそこ頑張ってるくらいのポジションというのがリアルで、地方大会の学生でもそれなりに必死で頑張っていて、それと学業やバイト・女子との駆け引き、普通の青年がしっかり輝いている。どんな人にもそれぞれの宇宙があって、毎日悩んで喜んで生きている具合が等身大で感じられたような記憶があります。ぼくはバイトと女子とは縁がなかったので、それも脳内変換して体験しておりました笑。

部活帰りに南海高野線河内長野駅にある小さなCDショップ&本屋さんで、試聴したり立ち読みしたりも思い出すなあ。合宿の稽古の小休憩の輪切りのレモンとか、部活仲間と交流戦の負けが悔しくてトイレで泣いたとか、そんなこともあったなあ、、、。予備校サボってアメ村行ったこととか笑。

そんな具合で部活か塾か家という思春期でしたが笑、まあそれはそれで良い思い出だなあと。

秋の足音がそろそろ聞こえそうですよね、見るだけで良いし海行きたいなあ、車や電車の車窓からでもいいし。Deweyと一体化しそうでヤバいぼくですし、皆さんもこの状況でそんなに夏満喫なんてことも出来ていないでしょうし、青春時代の思い出交換にでもお越しください笑。

 

この話をしようと思ってここ数日おさらいがてら九月の空をらちら頁をめくっていたのですが、今朝のニュースで高橋三千綱氏の訃報を目にしました。虫の知らせというのか、、、1人でニュース見ながらううぇっ!と、言葉にならない声が漏れました。ご冥福をお祈りいたします。

 

 

重箱の隅をこそげ落とすような話ではありますが。

こんばんは、お久しぶりでございます。

オリンピックも2週間くらいになるのでしょうか。どちらかといえば興味を覚えないタイプですのでふと目にする時に情報を得る程度、朝ドラの後にそのまま始まるの番組でそれを認識してます。朝ドラを見るのもぼくにしては珍しいことなのですが、前回のおちょやんを初めて頑張って見た流れで今のも継続、気象を軸に話が進んでて面白いです。

でね、タイトルの"重箱の隅をつっつくような話"なのですが。

テーマ曲というのでしょうかね、解散した?嵐さんの歌なのですが、すごく耳にチクッとくるのです。これを今朝見ながら奥様に話すと「あ〜、いつものうるさいおっさんのやつね。」という反応が返ってきたのですが笑。

何が気になるのかというと"が”が気になるのです。調べました、"カイト"という歌の

 

"風が吹けば 歌が流れる 口ずさもう 彼方へ向けて

君の夢よ 叶えと願う 溢れ出す ラル ラ リラ"

 

というサビの部分。この中で一番盛り上がっている様子の"叶えと願う"の願うの「が」にアクセントをつけて歌ってらっしゃるんですよね、最も力を込める部分が「が」というのがどうも耳触りがよろしくない、どうせなら叶えの「な」にもっとアクセントを設定して欲しいのです、濁音に力を込めるのはなんだか気持ちが悪い。叶えよりも願うに力が込められているというのは、叶ってほしいことよりも願っていることが重要視されていることになるので、思いの純度が低くも感じる。

こうやって見てると他のことも気になってくるんです、風が吹いて歌が聞こえるのではなく流れるだと流されて耳に入ってないように感じるし、彼方=〇〇の向こうという意味だし何の彼方なのかワケわかんない、、、とか、色々まあうるさいおっさん笑笑。"溢れ出すラルラリラ"はすごく好みです、溢れ出す物は表現しきれない感情的なものなのでラルラリラはピッタリなんじゃないかなあと。

 

でもね、曲じゃなくて歌なので歌詞を伝えることが大切だと思うんですよ。富野由悠季氏がガンダムを作る際に大人が本気で細部の設定まで考えないと子供に嘘がバレる、すぐに分からなくても後に分かればそれでいい、そんなことをおっしゃってたようです。その本気の結果はしっかり出てますよね(特にガンダムファンというわけではありませんが)。

皆んなで皆んなの夢を応援しよ〜!なんて漠然とした詞は肌感覚でグッとこない、こんな女に誰がした、、、なんてさめざめと泣かれると感情移入もすんなりなのだと思います。古い歌ばかりを良いというのはよろしくない傾向笑、そうですね、、若い子の聞いてる中だとちゃんみなさんの歌は主体が明確だな〜なんて思ったことがあります、全く共感は出来ませんが大切だと思います。

 

話逸れ気味です、「が」のアクセントの話。この重箱の隅っこを丁寧にするのが男性の身だしなみに重要だと思います、そうですね、Deweyの最も気にしているポイント。

その時の雰囲気で"おっしゃれ〜"とか"今これかっこいい〜"を男性はしちゃダメです。初対面で出オチするようなお洒落の方法ではなく、何度目かに"あれ、この人洒落てるんじゃない?"なんて思ってもらう方がかっこよくないですか?笑。

ニュートラルだからこそその気遣いがチラ見えする、そんな奥床しさが日本の大人の男性には素敵なんじゃないのかなあと思います、かつ品の良い油断もあると可愛いおじさんだったりもするんじゃないのかなあとも思います。

 

まあ、、、「が」を気にするのがDeweyのおすすめしている着こなしなんだろなあと思い、その面倒臭さを心の中で反省した朝でした。

 

ということをお伝えしたかった本日のブログ笑。

それではまた次回。

たまにはコーディネイトっぽい話を。

と言っても、"今季はこれで来季を見据えて〜"とか"このコートと靴はこれから必須ですよ"とかそう言うナウイ話ではございません、まあお分かりだとは思いますが。

 

本日インスタグラムでポロシャツでグリーンのモノトーンの投稿をしました。昨日ヨーロッパ企画の石田くんがフラッと来てくれた時にグリーンのポロを気にしてくれまして、でも今日ダークグリーンのショートパンツをはいて来たから何だかなあ〜なんて感じでしたが、いやいやそれが良いのよ!何だったらそれするつもりでぼくはグリーンを買ったんだから!!、と言いつつ一回着てよとパチリ。一度水を通したかったので昨日洗濯中だったぼくは、今日グリーンマンの予定だったので悔しかったです笑。

 

でもこれね、お店でもよくその会話パターンになるのです、

「ネイビーの上にネイビーはおかしいでしょ?」

「いや、今日のぼく、ほら。」

「あ、、、、。」

というやつ笑。

とはいえまあ、黒・紺・茶のモノトーンはそれなりにやりやすい。ちょっと話が逸れますが、ぼくは基本的に3色以上は使わないという基本ルールで毎日服を着てます。これしとくと迷いが減って失敗も9割方無くなります、逆に面白くないという一面もありますが、当店ファッショナブルなファッショニスタを生み出すことを目的として居りません、身だしなみ屋さんですので笑。サイズチョイスと全体のバランスを肝要としているお店です。

そういうぼくが多少なりともアパレルの人っぽいことを考えてるポイントをいえばモノトーンのことかも知れません、とはいえこれも"どや?モノトーンカッコええやろ!"なんて感じでもなく、スンとした感じを狙ってます(狙ってるって、、、笑)。

 

自分の考えるルールですので他のプロの方の適用外の話かも知れませんが、ちょっとした参考になるかもね、というくらいの軽い気持ちでお読みください。

と言うことで、さっき言いましたようにダーク系カラーのベーシックモノトーンはまたお話しする(かも知れない)として、行きがかり上のグリーンから始めてちょっと延長線上の白まで。

 

 

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インスタでご紹介した石田氏の写真、いいでしょ?濃いけど鮮やかなグリーン、爽やかさと落ち着きのある感じになると思うんです、洒落感もある。

 

 

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そしてボク。石田くんのような爽やか系のダークグリーンではなくくすんだオリーブ、このグリーンはカーゴパンツを合わせる前提で入荷しました。ネイビー系ボトムに合わせるのは言わずもがななので。

ここで重要なってくるのが靴、真っ黒の靴で引き締め効果を導入してます。しかし、黒なら当たり前に持ってるしスニーカー履こ〜と思った方は要注意。

 

 

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合格点だと思うのですがちょっと引っ掛かりあり。と言うのがソールの色、この白が少々子供っぽくさせてしまいますし、色を散らさない方が落ち着くしグリーンも綺麗に見える。もちろんこれがダメではないので悪しからず、よりよくするにはと言う話です。

そして混乱させることを言うようですが、、石田くんくらいの鮮やかな濃いグリーンならアリです、発色の良さが白に負けませんので。

 

 

 

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次に白のスニーカーを履く場合、じゃあスニーカーのアッパー&ソールは白×白が当たり前だし大丈夫よね?

 概ね問題ないとは思うのですが、これをより良くするには

 

 

 

 

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ジャーマントレーナーを代表とする飴色のソールがモアベター。白がぼんやりするのを引き締めてくれます、黒とは逆の発想です。

 

白&黒のスニーカーの話の流れで、、では分かりやすいモノトーンの代表である白のモノトーンの場合はどうなるか?

基本的にアッパー&ソールの組み合わせはオールオッケーだと思います。

しかしその処理方法で結構印象が変わります。

 

 

 

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ちょっと散らかるように思いません?、足首周りにボリュームゾーンを持って行き過ぎになるのだと思います、肌色も要らない。ここはメリハリをつけずにストンとそのまんまでいくのがスッキリ見えます。

 

 

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逆に真っ白のスニーカーはロールアップでニュアンスを作りましょう、のっぺり防止です。

 

 

 

 

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そして白いパンツをロールアップで白いスニーカーだと、トップスの色が映えます。ボーダーでも色物でも、いわゆる分かりやすい洒落感を作ることが出来るでしょう。

 

 

 

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そして白のモノトーン、バッグ持つだけで更に良い感じに。黒・茶・キナリ以外を選ぶのが素敵だと思います。

 

こんな感じですが、、、有用な情報でしょうか。

これはあくまでもDewey流の考え方で、ぼくが1人で思ってやってることですので反論は受け付けておりません笑笑。

そしてモノトーン以外になるとこの法則は適用外です。因みに今日のカーゴパンツにネイビーのトップスを持って来た場合とかなら今日の全ての靴が履けます、個人的には白アッパー&白ソールを履きたくなります。

 

他の話もまたしましょうか、需要ありならば、、、。

 

それではまた次回。

持続可能というか、持続したい。

こんばんは。

この2週間程でDeweyに新しいブランドが2つ仲間入りしました、ぼくがやっているお店としたら珍しいスピード。まあ実際のところアサヒさんに関しては2年以上前からのお話を低温やけどするくらい温めていたという逆に遅い仕事笑。本日表のブログでご紹介(のご紹介程度ですが)した月城ニットさんも営業さんが何度も足を運んでくれて(むしろ彼だから始めたという部分も大きい)、その後新進気鋭の社長さんも来てくれて色んな話をして。ありきたりな話かもしれませんが、誰がやってるか(というよりも喋って気分が良いか)というところが新しいお付き合いを決めるほとんどの要素なのかもしれません。

あ、もちろん物がきっちりしているからですよ笑、このきっちりという感覚がぼくには大事なのかも知れません。高級で良いものというのは当たり前だし、商品を作る上で努力をしていない人なんで殆どいない、いたとしてもその周りの誰かの努力のおかげ。ぼくの場合、ぼくがざっくり&雰囲気を絵に描いたような質なので、商品のアウトラインがきっちりしていてくれないとバランスが取れない、だからDeweyの商材に対しての表現は"きっちり"を選びます笑。

 

今回入荷しましたアサヒシューズ、これは個人的にもかなり感慨深いものがあります。

アサヒを履いたことがない日本人っているのでしょうかね、保育園や幼稚園から小中学校、ついでに高校まで入れて、上履きや体育館シューズとして必ずどこかでお世話になっていると思います。そういう靴を作るにはもうスポーツとかファッションとかでは想像できないくらいの多角的なクオリティを求められて来たのだと思います。すごい歴史だと思います。

そして個人的という理由はこれ、

 

 

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UNIT時代のU.S.Keds〜PRO Keds、実はアサヒシューズの工場に依頼して作っていたものなのです。ぼくも企画に無責任な口出しをしてましたので笑、それなりに思い入れも強い。当時持っていたコンバースは全部友人に譲ったくらいケッズに取り組んでました、もちろん手放したことには後悔しています笑。そして国内でのライセンスが大手ショップさんに移行し現在のPRO Kedsは海外生産に、それと共にUNITでの取扱いも終了。ぼくの手元には10足程残っています、特に写真の2型は大切なので新品をキープしてますが貧乏性なので中々おろせずにボロボロのを履き続けています。SNSでぼくがよく履いている白のハイカットはこのバイクケッズというモデル。

その後アサヒさんの関西営業部からお取り引きのご提案をいただき、諸事情で温めすぎてUNITでは間に合わず、もうDeweyで仕切り直し!ということで今に至り、、コ◯ナの影響でその段取りも予定よりも時間がかかったりもしました。

そんな感じでようやく届いたアサヒのスニーカーを見るとね、何だかジーンとするんです。

 

 

 

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インソールの印字や飴ゴムのアウトソール、同じお腹から産まれたのがわかるでしょ、もう泣けてきます笑。

 

 

そして月城ニットさん、爽やかなお兄さんが入ってきたな〜と思ったら営業さんでした。いわゆる"飛び込み"という営業で来た彼の具合が何だか心地よく、その後何度も足を運んでくれて秋からやろうか〜なんて言ってたのですが、どうも我慢できなくてスタート。

大阪〜和歌山にかけては編み物が盛んな地域で、泉州はタオルで有名ですし和歌山もスウェットやニットを編む工場が沢山あります。そんな中間地点の岬町は南海沿線で幼少期を過ごした堺出身のぼくにとって、これまたケッズ同様に懐かしい響き。もう無くなったのですがみさき公園という遊園地があって、みさき公園行きという電車が今でも難波駅から出てます。

そして始める前に会うと言って来てくれた社長さん、先代から受け継いだ工場で新しいことをとメンズを始めた若さが羨ましく、営業のMくんと20代の2人が並んでるのを見ると「やっぱ若いって正義よな〜」と更に羨ましく笑。

因みにブランドスタート後数ヶ月なのですが、大阪がザボウさん・神戸がロータスカリフォルニアさんと錚々たる先輩方のお店、、京都はDewey・・・??ん??、逆にプレッシャーやわ!となったのですが、そういう意味ではぼくもそういう立場なのかも知れない(あくまでもかも知れない笑)というのを感じさせられ襟を正す思いでした。

 

 

そんなこんなでお店に並んでいる商品を見渡すと、9割方日本製。Pt.Alfred・ARAN・BETTER・MARINEDAY・FREDRIK PACKERS・mature.ha・MANON・ORDINARY FITSと、顔や話し方や果ては家族まで見える人たちが作り、それぞれ顔の見える人に縫ってもらってる商品を扱ってるんだなあと思います、インポートにしてもそれに近いことが言えるでしょう。

ぼくらの業界では"サスティナブル"という言葉が声高に叫ばれてますが、何と言いますか・・・Deweyの規模でそれをまことしやかに唱えるにはどうも腰が引けてしまいます。しかし大手ブランドさんやショップがそれを掲げるのは責務だと思います、内容如何の個人差はどうであれそうやって世の中は動き続けるわけですし、シンプルに会社の損益に直結する(これは言っとかないと不味いとかそういうことではなく、実際取り組まないと維持存続に影響を及ぼすはず)と思います。転じて"専門店"と言われる部類に属し、更にDeweyのように一人親方で好き勝手にやっているお店の場合、誰が買うとか・どういう人が見てくれているとか、そういうのがシンプルに直結しているわけです。生々しい言い方をすればこの1000円が屋台骨に影響する、そんな感覚。

そんな感覚ですから、やはり日本製(メイン)というのが素直でしょうし、それがぼくらのサスティナブルなんだろなあと思います。

 

お前が言うなら買うわ〜(お客さん)

お前が言うなら買うわ〜(ぼくら)

お前縫ってや〜(メーカー)

縫ってるで〜(工場)

 

持続可能な洋服業界の末端でやっていくDeweyでした笑。

 

それではまた次回。

 

 

 

 

意と識。

こんばんは。

近頃探し物をしていて見つかりにくいことが多い。

直近の話だと、、そうですね、インスタでトロピカルウールのJKTに白のコットンパンツと革靴をという写真を挙げようと思ったら定番チノスラックスのキナリがいくら探しても見つからない、諦めて同じ素材の5ポケットで撮りました。このパンツ、実は半年以上探していたのですが笑、最近相方が「これ仕事で要らないんですか?家着のカゴから出てきましたよ?」と、もちろん探していない場所。

はたまた、使わずにしまっていたボトルケージを夏になって折り畳み自転車に付けようと(これも最近個人アカウントのインスタにアップしてますが)探すのですが出てこない、自宅の自室か屋根裏の自転車パーツを入れている缶、若しくはすぐに使う自転車パーツの箱の中だと思い、3度4度と往復するが全く見当たらない。ぼーっとしている時に天啓のように"ひょっとしてDeweyに持っていったっけ??"と思い付き、翌日店奥の箱に手を突っ込むと即座に指に当たる笑。

1年前の引っ越しによる処分したorしないを記憶できてないんですよね、もちろん加齢の所為でもあるでしょう。残ってるならまだしも、あ〜処分してしまったか〜なんて物もそれなりにある。

奇しくも先日実家の父がそんな話を、自分はいわゆる"断捨離"というのをしないぞというのです。しかしこれは少々特殊なケースだと思うのですが、、、勤めていた大学の100年史の編纂で卒業生に関するデータが少なすぎる、残ってるのは出入りや成績くらいで、もっと彩のあるところが必要で少しあるものでなんとかしなければならなかった。だから一見無駄に見える物も必ず必要な時があり、それを裁定するのは自分ではないと。

まあそれがいわゆる断捨離と同じラインなのかどうかと言いたくなるところもあるのですが笑、ある人から見ればゴミの山でも角度を変えると宝の山なんてことも往々にしてあるわけですよね。

ゴミの山なんて比喩を使った後に言うのもアレなのですが、、、我がPt.Alfredの恵比寿のお店はまさに宝探し感のある店で、山のようにあるチノパンはもちろん、前に欲しかったヤツがある!という洋服も掘り出せたり。それだけではなく創刊当時からあるファッション誌やその他のアーカイブなんかもゴロゴロ出てくる。

 

そんなPt.Alfredの関西支部であるDewey(a.k.a UNIT)ですが、ミニマリストに合う商品の店と言われることもあります、恵比寿のお師匠と真逆の評価です笑。やってるボクはと言いますと、収集しているものがある訳でもなくテキパキ処分するタイプでもない。まあ、、、普通です、ただ洋服屋として考えると保有している洋服の量は多くないと思います、ぼくの癖といえば同じものを多色買いするくらいでしょうか。ブーツ3色とか、ちょっと違いますが気に入ったスニーカーを潰れた時のために2足程ストックも同時購入とか。ある意味お店のラインナップにその性質が現れているようにも思います、多色買いを勧めるお店笑。そんな空気感がミニマリストやノームコア(最早死語でしょうか)に合うと言われるのかもしれませんが、それを能動的に考えたことはありません、断捨離も然り。

Quoraなんかを眺めているとミニマリストに対して言及している質疑が散見されます。イメージ的には自分が必要だと思ったものだけを持つ、それが100円でも100万円でも同列の扱い。めちゃめちゃ乱暴にいえばそんな感じなのかと(細かいところはちょっとおいといて)。それもすごく分かる表現なのですが、"これだけあれば"という思いに至ったことはありません。"これだけあれば"を目指している過程で雪だるま式に物が増える経験はよくしますし、減らした増えた、また減らしてまた増えたの繰り返し笑。それと共に、何十年か変わらず好きな物事に対しての"これだけあれば"という結果論的立場、これはいくつか見つけられているかも知れません。

 

そういうのを考えていると養老孟司氏のおっしゃっている意識と自然の関係性を思い出します、自然とは人間の意識が介入されていない物という(と代弁する形になって良いのかわかりませんが)在り方であると。都会と森の参勤交代を提唱してらっしゃいますが、自然なので林じゃだめで森なんですよね。都会にあるものは全て人間の意識によってそこに配置されている、なので木があろうと自然とは言えない訳ですね。その予定調和を損なう物が現れると人間は嫌悪感や恐怖を覚える、虫や台風は想定外の存在。しかしそれは自然に在る&生じる物であり人間もその循環の中にある存在、なので人間が勝手に意識して対自然なんて思っていることが脆い事柄である。そうなると、ミニマリズムって不自然の権化のような考え方ですよね、主義とは人間の意識の塊ですからゴリゴリです笑。

現在流行中の疫病(以前の記事でコロナという単語は今後使わないと言ってしまった物だからこんなややこしいおっさん口調笑)のこともそうですね、意識下に無い想定外の事にも関わらず、現代人らしくコントロールしようとする、世界中ばったばた。人間の細胞もヴィールス由来が見受けられるそうですね、人間の存在や発展も想定外。というか地球は意識もしないし発展しようとも思っていない。

この意識と"意"と"識"というやつに人間は大昔から悩まされてるようですね、仏教哲学に於いても"八識"という考え方がありまして、結果なんにも無いところに行き着き、でもなんにもない所から全てはスタートしているよね、と堂々巡ります。ある意味意識というのは人間の前頭葉が肥大化した産物で特性なのかも知れませんね。

 

そこでDeweyを思い返すと、ラインナップはミニマルに見えるのかも知れませんがボク自身追い求めた訳ではなく結果的に残ったスタイル、ボクの経験から選択して残したという意味合いでは意識的なのですがそれ以外を排除するという感覚はありません。なんというか、、ボクの中で存在感が変わっていない物をお勧めしているということでしょうか。なんとなくダブルスタンダードな気がしますが、ボク自身正解正義はわかりませんし、結構ダブルスタンダードで日々暮らしてます笑。まあ正解や正義も人間の意識下にある物ですね。

 

こういうと厭世の徒を気取るようですし、スローライフを謳うような表現になるのですが、日々石臼を引くように仕事が出来ればなあと思います。

石臼を引いて粉を作るのは重いし効率が悪い、なので機械でバンバン作った方が沢山作れるし時間も出来る。その余った時間で他の作業が出来る、発展する。大正解ですよね、現代人ですから。しかしながら大きく機械を作るコストは大きい、動かし続けるには電気や油を使い続けるしメンテナンスも必要、そのランニングコストを獲得するのに仕事を増やして結局余った時間を取られる。そんな循環になるとも思えますし、その循環の中で皆生きてます。

でも石臼が良いんですよね、石臼で作った粉をオール電化で調理しても良いわけですし、沢山作れと言われたら汗かいていつもより早く回しますから笑。

自転車を仕事にしている友人がよく言っています、草鞋を編むようにホイールを組むと。手作業でフレームを組んでるビルダーさんも手作業だから出来ることがあるとも言います。それをなるほどかっこいいと思いますし、ブイーンってドリルでホール組んでる工場を見てもすごいと思うし、オイルをかけながら切削してる機械を見てワクワクします。

多分ぼくはその中間の感覚にいると思います、なんせダブルスタンダードの意識の持ち主なので笑。

 

だけど、石臼を回すように日々暮らしてゆきたいなあと思ってしまいます。

物が見つからない話だったのにな〜笑、でも見つからないというのはとてもロマンチックなことなのかも知れませんね。

 

皆さんにあう洋服を見つけにDeweyに来てください、見つかるまで来続けてください、でも物事に着地点はないのでず〜っと来てくださいね笑笑。

 

いつ以来でしょうか。

こんばんは。

外出しづらいとなると、どうしても見てしまうのがアマゾンプライム

最近見つけたのが中国版大河ドラマみたいな感じの三国志、男性ならば1度は通過する物語。ボクの原体験で言えばNHK人形劇三国志でしょうか、小学校3年生くらいから毎週土曜日に晩御飯前に観るのが楽しみでした。その後横山光輝の漫画に移行、古い喫茶店なんかに行くとそのコミックがあるのを見かけたりしますが、なぜかペーパーバックを買って読んでました、さっきネットで探したのですが見当たらず、ひょっとしてコミックよりも珍しいのかも、価値上がってたら実家に帰って探さないと笑。

これは両親への苦情に聞こえるかもしれませんが笑、我が家は基本的に漫画・アニメ・ゲームは無しでした。ボクが小学生だった6年間にファミコンやらガンダム北斗の拳ドラゴンボール等が始まったので、これがまあ皆と話が合わない笑。なので知ったかぶりをしてやり過ごしてました、CMとかちょっとした情報で雰囲気は掴めましたので、その場でうなずく程度には誤魔化せました。

そんな感じの少年時代でしたが、歴史漫画とかそういうのは手にすることが出来ましたので、三国志もギリギリOK。それ以外は家にある本を読んでました、最初に熱中したのは西遊記、三銃士とか水滸伝にもハマったなあ。少年にとって活劇の魅力はたまらないものがあるんでしょうね、その世界観に没入し夢中で読んだあの純粋さが今欲しい笑。そうやって考えるとドラゴンボールもワンピースも現代の活劇ですよね、正義・友情・信頼。

横山三国志を読んだきっかけはおそらく人形劇終了のロスだったのですが、やはりこっちも五丈原諸葛亮が亡くなると、その後はダイジェストで終わる、他のモノもそのパターンが多い。ということで岩波少年文庫三国志演義を読む、その後岩波の井波律子訳を読む、その他の考察書も読む、となりました。

 

で、少々話が逸れますが、、ボク、アベプラニュースをちょいちょい見ます。客観的ポジションで見ていると中々面白い角度だったり、地上波のニュースよりもシンプルに面白い。実際のところは、メディアに出ているここ最近の40代の中で最も気になる若新雄純氏を目当てに見ることが多いのですが笑。

今日も洗濯物を干しながらアベプラを耳で見ていたのですが、ひろゆき氏が小学校にPCを寄付した話をやってまして、ゲームで日本の戦国時代や三国志水滸伝なんかを覚えるきっかけになったとおっしゃってました。

実際そういう人って多いのでしょうね、漫画日本史や三国志の現代版という感じもします。我々世代だと逆パターンで元々漫画の三国志が好きでゲームの三國無双をやってる人なんかも多そうですね。しかしながら古い頭のボクはと言いますと、、ちょっと馴染めない笑。

ゲームはからきしですがアニメは好きで大体何か見てます、アマゾンプライムもdアニを、数年前は録画して見てたのがホント楽になりました。因みに西尾維新が好きで、インスタで京都文化博物館西尾維新展に行ったとアップすると、アニオタのみなさんから意外がられました、その時は神原駿河を載せたっけ笑。

そんな感じなのでアニメになった戦国BASARAも2シーズンとも一応見まして、アレはアレで別物として良いのですが、あのキラキラした真田幸村達はどうもしっくりこない。ネットで拾い見る三國無双の9頭身くらいの趙雲も同様な感想笑。では横山三国志の描写がしっくりくるのかと問われると、それがそうでもなく、、どれが自分にしっくりくるのかなあ。。。と思うとこれでした。

 

 

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原田維夫氏の版画、これなんです。

またハスに構えて〜一味違うのよオレって言いたげ〜、なんて言われそうですが、これがホントに子供の頃からのイメージなんです。表紙を見て想いを馳せてました。

例えばね、まんが日本昔話なんかも好きな絵のタッチとそうじゃないのがあったりしたでしょ?、そしてあのタッチだからこそ昔話の世界に誘われたような気がするんです。ぼくの中国史モノ小説の脳内トリップも、原田氏の表紙や挿絵を基礎に自分の好きな感じでボワ〜っと広がってゆきました。

それを思い出してちょっと興奮してしまい、原田氏のHPを見ると色んな版画がアップされてましてさらに大興奮。版画って独特の温度感が素晴らしい。

 

 

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そうするとボクの名前の旗印を見つけましたので、スクショして待ち受けにしちゃいました笑。怒られないかなコレ、、、、。

 

因みに、武芸者系の脳内トリップの源がコレ、

 

 

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子供の頃手にしたのはこれで和紙を使っていたように記憶してます、10人の剣客を10人の作家が描くという贅沢な内容。余り有名ではない(参考文献も少ない)剣客も登場する秀逸なシリーズ、個人的には高柳又四郎が好きで数えきれないくらい読み返しました。

 

 

 

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江戸時代の雰囲気はこんな感じでしょうか、水彩画で江戸の街を描いた装丁が好きでした。そしてこの藤沢周平を最も追っかけて読みました、昭和の受験戦争から江戸時代に現実逃避です。因みにこの用心棒シリーズに登場する佐知さんが素敵なのです、しかし4作目でちょっとアレ?となりますが、まあ歳を重ねて腹が座ったというところでしょうか、よかったら是非読んでみてください笑。

そして藤沢氏の作品は全体を通して食事に関わる描写がすこぶる素晴らしい、お腹すきます。

 

時代物を久々に読みたくなってきた。

 

そしてオチも見つからなくなってきた。。

 

それではまた次回。。。笑

趣味。

こんばんは。

毎度どうでも良いブログの時間です笑。

 

昨日の夕方、70年配の紳士が「ちょっとお尋ねします。」とおっしゃいながらご来店、ご丁寧に名刺をお出しになりこんなことを。

「知人の遺品として自転車をゆすり受けたのだが、どんな経緯でこれがその知人の手に辿り着いたのか、その足跡を追っている。この自転車はどうも洋服屋さん関連の人の手を通過しているらしい。色々当たった末に二条の自転車屋さんに行くと(UNIT跡)、ここから引っ越したDeweyさんは自転車が趣味なので知っているかもと言われてやってきた。」

もちろんもっと丁寧にお話でしたけど笑。

残念ながら全く心当たりに無い感じでしたのでお役に立てず、、、すみませんと謝りながらお見送りしました。

 

そしてふと思いました、趣味って何??

 

ボクのような仕事をしていると、趣味は?なんて事もあまり訊かれませんし、意識したことも殆ど無い。自分の使っている"趣味"に対しての近い表現としては"好きなこと"かも知れません。英語にすると"ホビー"ですが、これも本来のホビーの意味とはズレる。よくいう話ですが趣味というカテゴライズは日本人特有の分類、律儀なのか安易な分類癖なのか。

難しいのですよね。自転車を明確に趣味と言えるかとすると...以前はそれで利益を得ていた頃もありますし、そういう意味では洋服だって趣味の延長線上で20数年。

 

ボクが日常やってることといえば、自転車に乗って・服を触って・音楽を聴いて、たまに弾いて・本を読んで・ご飯を食べて、酒を飲んで・人と話して・寝る、、、です笑。これ全部好きな事、言うなれば生きるのが趣味ということになります。

 

そこで字の意味を考えました。趣味の"趣"、趣向性や趣旨の"趣"、訓読みすると"おもむく"、元来の意としては"赴く"と同じルーツでそこに行くというところにあるそうですね。おもむくということは"面が向く”ということ、顔がそっちに向くということは気持ちが向く、行きたいや好き、そういうことですよね。

 

ということは全部趣味だということですね、いわゆる"趣味"という言葉に捉われてそうじゃないという思いに囚われてました、立派に趣味持ってますボク笑。

 

趣味、人生です。

 

皆そうですよね、人類皆仲良く趣味人。

 

それではまた次回笑。