ハシグチカンジの枝葉末節

某ブランドの京都アトリエショップに大体いるメガネです、以前は御所南Dewey&二条木屋町UNITでした。

ひとり飲みにほとんど行かなくなったこの数年について。

こんばんは。

衆院選が終わりましたね。

前回の受けで話し始めますと、投票したいので投票して参りました、ある意味のポリシーである一番弱そうなところに笑。

京都は、自民3・野党5・元首相補佐官の無所属の方が1なので、半々というまさに京都バランスを絵に描いたような結果でした。全国的には自民293・野党162・与無所属3・野無所属6・他無所属1ということだそうですね、関西はリベラルで東京はちょっと自民寄りで地方は自民、これまた絵に描いたような政治は地方からという形。安倍政権時の有力者が多数落選という側面もありましたが。

 

毎回美しいバランスを成し遂げる京都、その京都に住んで30年で九州ルーツの大阪出身、その辺のおっさんであるぼくが思う政治の形ってどうなんだろ?と無責任に考えますと、、

「国政は半分の人員に減らして自治体の強化、税金の配分も自治体メイン(国税は消費税だけとか良さそう)、政党も地方に増やして国会は保守とリベラルの2派に分ける」

そうすると市議会・県議会が身近になり、政策の色付けによって人口も均一化(変動) するでしょうし、国がコケる=国民大変、なんてことも今より減りそう。

だって、、、単純に世界レベルで100年前に比べると人口が激増してるわけで、日本だけでも100年前の3倍の人間がいるのですから(少子化はおいといて)、1政府で3倍の仕事をしてるということになりますよね。

そして昔よりも平均的に情報量も上がってるわけですし生活のベースも上がっている、それを束ねることをそれぞれに分担するというのも悪くないと思うのですがね。

近代化して200年程、世界の国々を見てもせいぜい建国数百年なわけです。日本にいるのでずっと国は変わらないなんて思っちゃいますが、曽祖父の代で今の国になったなんて人が世界には沢山いるわけです。あと100年もすればGAFAが作った国なんてのも無いとも言えない。あ、Facebookって社名変わったんですよね、Fじゃなくてなんだろ?。

 

無責任な上京区のおっさんの言でした笑。

 

 

しかしこんなことを言ってると、以前選挙翌日に飲み屋で言わせたおじさんに怒られたのを思い出します。「選挙行ったか若いの?」という感じで訊かれましたので、はいと答えると、「言っていいんやったらどこに入れた?」と。〇〇党と答えると、「なんでそんなわけわからん所に??」と語気を強められまして笑。「いや〜、いわゆる政治信条みたいなものが無いので与党と真逆に入れたくて」と返事、そこから「あの党はあんなことこんなこと変な考えをしている、お前わかってんのか??」となり、「まあ、、でもそれが公約として成り立つわけもないし、まずは当選しないでしょ」「は?お前適当なことばかり言って、考えて物言えや。」「いや、感情でモノ言ってるのおっちゃんでしょ?まあ政治なんて感情ですしねえ。」、そして、あ…いらんこと言ってしまった…と後悔したのですが先に立たず。そこから実に感情的に色々言われたけど忘れました笑。

そうなんですよね、人間なんて感情の生き物です、良くも悪くも。想像してみると、、、人を論じない(断じない)世界だとアルカイックスマイルでごきげんようという人しかいない、そこに微笑みはあっても大笑いは生まれません。それって人間らしくないと表現出来そうですよね。いわゆるお笑いのベースだって、変なことをする・失敗する・異質なことをする、それを見て笑う。そういうある意味いじめスレスレのロジックで成り立ってるわけですよね。笑う=楽しみの根底にはそういうものが存在するわけです、感情の種類の重要な1つ。しかしそれがあったから他の動物よりも発展できたわけですし。街頭でも放送でも実に感情的な話っぷりで感情に訴えかけます。そして感情で利権を分配しなければなりません(嫌味とかではなく大真面目に)。

 

飲みに行ってないの?という問いかけの返事にも、コロナで飲みに行けてない〜なんてよく言ってますが、正直に言えばコロナ禍スタートの半年以上前から格段に夜は外に出なくなってました。なんで飲みに出てるんやろ、、と考えると大体4分割、付き合い・独りで退屈・酒が美味しい、そして多分これが最も大きな理由である"クセ"。もちろん一緒に住む家族が出来たのが大きな理由であると言えばそうなのですが、クセで飲み屋の扉を開けるというのは能動的ではない。そして、ぼくを信用してくれる飲み屋のマスターはたまに行こうがちょいちょい行こうが変わらず喜んでくれる、またそういう所にだけ行くようになりました(今のところひとり飲みは長くしてないけれど)。

月並みな理由ですが、それに気づいた時になんだか飽きを覚えました。独居では無くなったしお酒の飲むのも家で平気になった、そうなると後は付き合いとクセ、コロナのおかげで付き合いというのに線が引かれたおかげでクセに気付いた。

ありきたりな事ですが、そうすると人の噂話から解放されました。これがぼくにとってはとても楽、こんな仕事しながら情報交換を軽視するのは良くないのかもしれませんが、噂というのは過分に感情が盛り込まれますので、、重い。同調してもしんどいし、反対しても大変だし、流しても止まらない笑。

同業者同士の話でも、大体へ〜ふ〜んと言ってるだけです笑。そしてこれが出来ないのは社会に属してる大人としてかなりダメなことだとわかりながら、この無責任さはやめられない笑笑。

そうなんですよね、人を論じると責任が返ってくる。でも人が人と生きている世界で人に物を売って生活しているわけですから、人について感情的にならないと根本原理が崩れます、とても無責任な状態だと思います。

だからといって人嫌いか?と問われるとおそらくそうではないと思います、じゃなかったら店なんてしない。むしろ服をお茶請けに人と話したいからお店をやってるという方が正しいのかもしれません。そうう意味では、酒が入らない分飲食店よりも話が暴れない、スポーツ屋さんよりも能力が関わらない、洋服屋って実はこの世で最も世間話をしやすい環境なのかもしれません。カフェだと話すことが目的になり重みが増しますし、洋服屋なら主題がそれて軽くなる。

 

まあ我田引水な発想ですね笑笑。

 

そしてDeweyもそんな感じでたまにでもしょっちゅうでも、皆さんに来てもらえたらなあと思います。

あ、そういえばうちの事。こういうことはあまり言わない方が良さそうなのですが、他店でやってるいわゆる囲い込み的なことは全くやってません、プレセールや限定会員だけのお得サービスのようなやつです。なんなら身内や同業の方に値引き的なことも一切してません。そもそも縁故では無くDeweyを見つけて正当に価値を見出してくれている方に申し訳ない・なので差をつけると自分の気持ちの処理が出来ない(無責任笑)・暴利を貪ってるわけではないうちのメーカーさんの商品に自信を持っている、そんな気分でしょうか。もちろんセールをすることもありますが、予定調和や他より先になんて考えが毛頭ないぼくですし(売上に無責任笑)、セールする理由がある時にそのタイミングでします。最近ならば、トリッカーズの掘り出し物が出たとかチノの旧品番が出てきたとか。なんなら掘り出し物とはいえオンシーズンのコートも先月からウェブショップにアップしてます。それをポーカーフェイスで、裏で歯を食いしばってやってます笑笑。

 

飲み屋に行ってない理由じゃ無くなって来ている、、、。

 

とまあ色々言ってますが、人に会う回数が戻れば自ずと外出も増えるでしょうし、飲みに行くこともまた多くなるのかも知れません。自分のバイオリズムもあるでしょうし、楽しくなれば毎日飲む日がまた来るのかも知れません。今はとりあえず朝の時間の使い方にムラがなくなり、夜も深くないので体が楽になりました。変わったのはそれくらい、他にこれ良かったなあなんてのは特に思いつきません。まあ今のところ、、ひとり飲みよりもバカ娘のバカ話に付き合う時間を確保することが優先順位上位(楽しいと認めたくない)なので、彼女が大人になればまたぼくの時間の使い方も変わるor戻るでしょうし、すでにぼくの飲みに付き合ってくれているということもあります笑。

人生日々移り変わるもんです、行雲流水、逆らわないように人生の時間を使えていれば良いなあと思います。

 

でも、、、静寂バーとかあったらいいのになあ、入店・注文・退店だけ発声OKで、客同士程よい距離感のカウンターで本読んだり自分の時間を思い思いに、とか笑。自宅では得られない1人空間って割と大切ですもんね。

 

ということで、、のみのお誘いはいつでもお待ちしております笑。