Deweyカンジの枝葉末節

御所南のDeweyです。こちらでは脳内にある、お店フィルターにかける前のお話をしようと思います。

リーチ先生でなんだか色々と。

お久しぶりです。

前回は去年でしたね、なんやかんやしてるともう2月、恐ロシヤ帝国ですよ。

一応インスタのイラストページはちょこちょこ更新しております、もっと楽に更新できると思ってたのですが、割合に細かく描いてしまって今更後に引けず難渋しております笑。

 

先ずはDeweyの情報、目下新しい商品を仕込み中でございます。そろそろ表立って話しても良い頃なのでここでひっそり申し上げますと(ひっそりかよ笑)、、ジーパン作ってます、素晴らしく普通のジーパン。恵比寿のお師匠と岡山デニムのオリジンな会社さんとの共同作業、今後このパターンでの商品が増えます。ベーシックカジュアル側の商品を安定供給出来る様にという目論見、同じものがずっとあるという安心感を自分たちで更に。今後他の物もリリース予定。買ってくださいね、安定供給は皆様のお財布にかかってます笑。

 

そんなこんなで久々に生地サンプルや指示書を睨みながらミーティングをしておりまして(という雰囲気を、ぼくは出してるだけ笑)、なんとなく自分がもの作りに加わるとしてどういうポイントを大事にしなければならないのかなあと、己が考えに思い巡らせたりもしてました。

まずぼくが好きな洋服でも自転車でもその他のものでも、大前提として一点物ではなく工業製品であるというのがあるようです。同じものを同じクオリティで作り続けるってすごくないですか?。乱暴に言えば、一点だけ作って、それを味だという逃げが許されない。そういう意味では工業製品としての代表格とも言えるのがジーパン、手縫いのジーパンなんてありえないミシンの産物、世界中の人が同じように着てかっこいい物の代表格。イブ・サンローランは"ジーパンを俺が発明出来なかったのが残念"と言ったそうですが(うろ覚え)、そりゃあゴリゴリの作業着ですもんね。ぼくはそのジーパンから洋服の世界に入ったのですが、そういう既製品がそれぞれの形に馴染んでゆく魅力を若い時に感じたのかも知れません・・・・知らんけど笑。

 

ぼくはそうでしたが洋服なんて千差万別、作業着〜オートクチュールまで付き合い方は人それぞれ、制服や民族衣装だってそうですよね、簡単には言い表せない。そこで、日本人にとって性別問わず一番手のおしゃれ代表なとこってどこだろ?と思うと、やはり思いつくのはコムデギャルソン。ぼくのコムデギャルソンのイメージって、利休なんですよね。ぼくの知る限りこのあたりの視点で言及していらっしゃる方がほとんど見当たらないのですが、、きっと意識してると思うんです。そしてサブブランドのトリコは古田織部、バランス的にそこを狙ってるとしか思えない。

・・・・う〜ん、、偉そうに言いましたが、みんな気づいているように思えてきた、、気づいてないとは思えない、、、笑。

 

そんな感じで過去に触れたことのある利休や織部の本や記事を再確認したりを楽しんでたのですが、おりしも直近の読書会のネタが

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206165040j:plain原田マハさんの「リーチ先生」、こちらは柳宗悦の盟友で民藝の担い手。利休&織部の時代から一気に400年進みますね。

中々面白かったです、読み解く深さがほにゃららというような感じは全くないのですが、民藝のルーツを知るのにちょうど良い、再現ドラマを観る感じで読める本でした。

小説序盤にも描かれてるのですが、リーチは自分の道を探している若い頃に小泉八雲a.k.aラフカディオ・ハーンの"日本の面影"を携えて旅行をしたそうで、曽孫の小泉凡氏もそれに言及してらっしゃいます。ぼくも久々に読んでみたくて引っ張り出しました。

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206165240j:plainひょっとすると一緒に読むとその当時の日本の空気感がグッと近づくかもしれませんね。ぼく自身も子供の頃に小泉八雲に出会いそれなりに影響を受けました、改めて考えると読書という行為に目覚めたのは小泉八雲がきっかけかもしれません。

10歳前後の頃だったと思うのですが、NHK小泉八雲の半生を描いたドラマがありました、嫁の節子役は壇ふみさんでした。片目が潰れ着物を着た白人さんが主役というのが幼心に衝撃で、明治の文明開花と日本に憧憬を持つヘルン先生(ハーンに対して松江の人は今でも親愛を込めてヘルン先生と呼ぶそうですね)の対比を面白く感じました。その中で怪談のミニドラマもあったのですが、そこで演じられていた耳なし芳一の映像が今でもぼくの芳一のイメージです。

 

閑話休題。そして白樺派との交流や英国に帰っての活動をメインに描かれ、その後晩年へと描写されていきます。個人的に面白かったのが岸田劉生の出オチ感笑。と言いますのも、後に白樺派となる柳宗悦武者小路実篤らとの初対面のシーンで、最初に自己紹介するのが岸田劉生で、その後ほぼ出てきません。薪集めで一回出てきたかな?それくらい。日本画壇の巨星を雑に使ってる感じが良かった笑。実際仲間同士の彼等からするとお互いがそんなものだったのかも知れませんね。そしておりしもPART2、

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206165833j:plain先週から京都国立近代美術館で収蔵記念の岸田劉生展が開催されました。白樺派&リーチとの関わりについてどんな感じなのか?と多少期待を込めていったのですが、やはり草土社との関わりが色濃く感じられました。芝川コレクションも展示されてたのでそういう方向だったのかも知れませんが、やはり円熟期に至るまでの過程から晩年までを考えるとそれが素直なんでしょう。とはいえリーチのスケッチとエッチングが3点ありました、リーチがエッチングを彼等に教えたそうなので、やはりお互い影響しあっていたのでしょうね。

 

閑話休題PART2。

基本的には架空の人物である弟子の亀ちゃんとその息子が狂言回しというスタイル、彼等が読者に寄り添う形で物語が進められていきます。その背景は小鹿田焼ですが、なんとなくモデルとして松江の湯町窯の福間家が存在するように思われます。リーチは全国行脚の際に小鹿田と同じく松江にも訪れ、先代がリーチ指導の下エッグベイカーを完成させたという実話があります、それがモデルになってるのでは?というぼくの予想笑。

まあそんなこんなで、高村光太郎柳宗悦との交流や友情、濱田庄司との信頼関係を素直に描いた爽やかな小説でした。元々雑器として扱われていた地域の焼き物に価値を見出した(付け足した)のが民藝、その主義を曲げず名入れを一切しなかったにも関わらず結果的に人間国宝になってしまった濱田庄司と、それなりに野心があったとされる河井寛次郎、それぞれに対するリーチの距離の違いも面白かったですね。アートキュレーター出身の原田マハさんだからこそ描ける物語。一つ物足りなかったと言えば、、、用の美を唱え、飾りものにしない食器を追い求めたリーチし対する描写のなかで、食事のシーンがあまり掘り下げられなかったところが気になりました。朝刊連載の小説だったということで、その構成が目立つ組み立て、食事のシーンを加筆しつつ改訂版が出たら本当に美しい作品になりそう。。。と、ちょっと偉そうなことを思ってしまいました笑笑。

前述の小泉八雲もそうでしたが、高村光太郎という名前も子供の頃を思い出させました。鹿児島の祖父宅の広間に高村光太郎の"道程"全文(教科書等に掲載してるのは間を端折ってすっきりさせたもの)を記した大きな額が飾ってあり、なんだこれ〜と毎夏見上げながら寝転んでました。父に確認してもらってこようかなあ笑。そんな感じで自分の少年時代に感じた日本の憧憬を思い出せたのも本作と出会えて良かったこと。

 

550ページ程ある分厚い文庫本でしたが、ぼく、読書会前日の15時〜11時で読み切りました笑。それくらいスーッと読み進める作品ですので気の向いた方は是非。

 

しかし、そうなんですよね、リーチが追い求めた用の美。これってぼくらの扱うリアルクローズも同じなんですよね。飾る器ではなく使った時に美しさが際立つ器、それ同様に着飾ることを目的とせず自分の生活に寄り添ってくれる洋服。使い込んだ先の結果カッコよくなったり愛着が増したり。利休にしてもある意味そうですよね、全ての無駄を排除した先の黒に行き着く。シンプルさや道具としての歴史の上に成り立っている洋服が好みのDeweyとしましては、そういう先達の足跡も勉強すべきなのかもなあと思ったり、当に温故知新です。差し詰め全身モノトーンでも靴下だけ赤くしようとかっていうのは、古田織部イズムの継承かも知れません笑。

 

久々にジーパンに関わることになるタイミングで利休やリーチを考えるという、その絶妙さがなんだか嬉しかったです笑。

 

そして、なんだかんだでルーツを追うとなんでもある京都、そこに住むと近くに何かある。

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206165900j:plain数年前まで住んだ北山通には古田織部美術館。

今の通勤経路には、

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206165917j:plain表千家の不審庵があり、

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206165938j:plainその東には尾形光琳とその弟初代尾形乾山墓所(リーチは7代尾形乾山を襲名)

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206170136j:plain南に行けば楽焼の楽美術館。

 

 

f:id:bridge_middle_works:20220206170158j:plainそのまた東に武者小路千家の官久庵。

 

勝手に親近感を得させる街、京都笑。

 

因みにぼくは本日で48歳、寅の年男です。"羊質虎皮"にならず、"虎は死して皮を留め、人は死して名を残す"ように、良いジーパンをリリースしようと思います、名を残すとかはいまいちわかんないです笑。

 

とりあえず、、同じ寅年の森鴎外でも読み直すか〜笑。

 

ではまた次回。

続くのか自信がないのでここでお知らせ。

こんばんは。

グッと寒くなりました、とはいえ昼間は結構過ごしやすく、朝晩と日中の寒暖差が身に沁みる12月ですね。どうせならずっと寒くなってくれる方が体があたふたしないと思うのは老化なのでしょうか笑。

 

こちらを更新するといつも3000字以上になるのですが、本日は短め。タイトル通りのご報告なのですがインスタページを新設しました、こっそり気づかれるのを待っておくつもりだったのですが、それだと性格上放ったらかしにしてしまいそうなのでここでお知らせして思うと思います(表ブログではお知らせしません笑)。

なんとなく夏のをことを考えてる時に、「やっぱプリントTでもやろうかなあ。。。」と思いまして。でもぼくがコントロールしているお店ってなかなかプリントTが登場しないのです。そんなに深い理由でもないのですが、プリントTは意思表示なので流行りやノリで店頭に並べたくないのですよね。サーフィンしないのにSURFとか、思ってもないメッセージとか。そうなるとメーカーさんの商品をセレクトしているDeweyにはハードルが高い、そんなに都合よく各ブランドさんがぼくの気分にフィットするものを作ってくれる訳が無い笑。

ということで、じゃあそろそろ何か作るか〜と思ったのですが、グラフィックデザイナーさんに頼むのもなんとなく気分にフィットしない。そこで思い出したのがiPadのアプリ。一昔前だとペンでデジタル画像を作るのは色々大変だったのに、アプリの進化は素晴らしいですね、イラレを使わなくても遜色の無いものが出来そうです(素人目に)。元々写真にテキストを付ける為に持ってたのですが、元々イラストを描くアプリ。ちょっと真面目に使ってみると、、これが中々楽しい笑。

ということで、これでDewey先生に命を吹き込み、京都を巡ってもらったり洋服を紹介してもらおうと思います。

 

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デューイ先生の日常 

いつものようにぼくの着用写真でご紹介するのはもちろんのデフォルトではありますが、

 

 

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こういうイラストの方が想像しやすいことや粒立つこともあるんじゃないかなあと思いまして。

 

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そしてぼくの上達のためという目的も、デューイ先生をちょっと若返らせて、ちょっと悪そうにしてみたりして笑。

 

よろしければお付き合いくださいませ。

 

 

最近話に上がった本と我が家の観葉植物。

こんばんは。

 

たまに読んだ本のことでお話しする際、読書会で〜なんてことを言っております。最近サボり気味でしたが、今週の会に久々に出席しまして、普段にない会話になり中々面白かったのでちょっとお話ししようと思います。

読書会にも様々あるようで、ゴリゴリの研究肌の集いだとレジュメを用意してなんてことも耳にするのですが。ぼくが参加しているものは全部緩めのものばかり、目下メインで稼働しているものは居酒屋の個室で酒を飲みながらグダグダ話すという感じ。ほとんどの回は小説がお題。自分じゃ選ばないものなんかが出てくるのも会の醍醐味であったりするのですが、今回は珍しく時事ネタを扱った対談本。

 

 

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「むずかしい天皇制」、社会学者の大澤氏と憲法学者の木村氏が展開する会話をまとめた物です。読んだ方はいらっしゃいますでしょうか、そうでなければこちらのリンクであらましをご覧ください、ぼくが訥々とご説明するより良いでしょ笑。

割と繊細なお題ですし、普段友人知人と話する事のあまり無い内容、でも全員に関わること。こうやって自分でタイプするとなんだかグッと刺さるような気もします、、そんなテーマですので普段とは違うベクトルで参加者の観念的な部分を垣間見るようで面白かったです。参加者で自営業で店舗をやってるのはぼくだけ、出版系や研究系・技術者系が他の参加者で、それぞれ子供の頃から大人になり触れてきた物でその捉え方があり、こうやって1億2千万通りの考えがあるんだろうなあと、盃をクイっとやりながら眺めておりました。

その議論(雑談)は私的な物ですし、代弁できる物では無いのでここではここでは触れませんが、ぼくが読んで思ったことを少し。というか、、、読んで考えが変わったということは正直ありませんでした、それくらい皆がそれぞれで固定化した天皇制のイメージを持っているのかもしれません。

僕としましては、、まずいわゆる戦後の日本人的感覚について。ぼくは昭和49年早生まれ、学年としては48年で第二次ベビーブームのど真ん中、団塊ジュニア世代ですね。学生運動浅間山荘がちょっと前のことという感じでTVに話題が出ていたのが少年期、バブルがはじけて数年後に大学生になった青年期です。そんな世代の両親は大凡第一次ベビーブームあたりになるわけで、母はそうだったのですが、父は当時にしては結構年の差がありまして昭和ひとケタ。となると、父方の祖父母は明治生まれです。祖父はおそらく軍属に近いポジションだったのだと思います。占領下の台湾で高校(李登輝さんの出身校です)の教員・陸軍士官学校の教員をして、従軍もしています。写真を見るとふさふさの肩章の着いた軍服の胸に勲章という出立ち、戦争に行っても死ぬ順番は比較的後ろの方だったと思います。子供の頃少しだけ戦争の話をしてくれたように思いますがあまり覚えてません、それよりも台北での思い出を聞かされたように思います。祖父の書斎にはずっと教育勅語がかけられてました、そんな感じ。

父は万葉集が専門の大学教員、世代的にも三島由紀夫を好んでいた様子が見られます。とはいえ世代的には割と流行りに乗っかってたようにも見受けられます、ジャズが好きだし若い頃の写真を見ると結構洒落たスーツを着ている笑。そんな祖父と父の続きですので、それなりに真面目なベクトルで育てられました、結果ドロップアウト、、しかしこの話は今回に関係ありませんので割愛笑。そんな家ということもあり、自宅には壁が見えない状態で本が積み上げられてましたので、出来が悪いなりに自ずとそれらに触れてきました(この辺りの話は以前にしたように思います、暇を持て余している方は履歴を、、)。なのでしっかり文系の学生に仕上がりました、仏教哲学や民俗学あたりでしたね。そして小学生から大学まで剣道部できっちり体育会育ち(とはいえバンドの真似事をしたりも、、)。そんなベースではありますが小学生の頃は子供の科学を定期購読、その後は月間ニュートンを読み、そっちの興味を持っていたというのもそれなりに血肉にはなっていそうです。そして一人暮らしスタートで色々崩壊(自由の翼を得る)、音楽や洋服や遊び、ここで明言するのは憚られることをしていた仲間も多くいます笑。

そんな感じですので、それなりにフラットだったり左右どちらの気持ちに近づくことも出来る、それとともに日本人の持つ和心が嫌いになれない、そんなおっさんに出来上がっていそうです。

この本に書かれているようなことも考えたり思ったりもします、実際きっちり日本人ですので。特に突飛な発想や思想があるわけでもなく平均的な日本人だと思います、寺社仏閣には積極的に手を合わせますし、年功序列に逆らうつもりも毛頭無い。

なのですが、、この話題については、結構なるようになるんじゃない??という気分です。その当時、おそらく憲法の"天皇は象徴"に代表される皇室の扱い自体が天皇制について定義された物ではなく、昭和天皇について定義されたものですよね。なのでここへきて色々考えなきゃで皆慌てる、でも慌てながらまだ時間が少しある。そして、、、まあ、次に問題起きたらその時に対処すれば良いかぁ〜、という先延ばし。でもそれで良いんじゃないの??と思うんです。実際ずっと続いてきた体制といえばそうです、他国に類を見ないことです。なので切実に国の存在を左右することではありますが、、が、です。ちょっと日本から離れて他の国を思い起こしてみると、、何百年続いている国って無いですよね。もちろん文化として各国脈々と続いたものがありますが、国家としては全てそれほど長くはない。日々の暮らしの中だと、そういうことって昔から続いてるように思いますが、引きで見ると割にあやふやな物ですよね。あと100年すれば今の世界の形なんてガラッと変わってて、GAFAの支配する国家みたいなサークルに皆が属していると考える、それはそれで結構まともな考えなんじゃ無いかなあと思います。

最後の精神的拠り所として日本には皇室があり続け、それを掲げながら鎌倉以降武家が執政して200年前まで続いてきた。その後の室町・江戸幕府も鎌倉の伝統を受け継ぎ、正式な姓は源で全員源朝臣です、氏が足利と徳川。そして天皇の周りには姓が藤原で氏が三条さにゃ九条さんや近衛さん達が固めてこれまで来ている。中興の武家でさえ家門の伝統に縛られてきました、一旦出来上がった権威を潰さず使い続ける、物事がドラスティックに変わらない循環的な精神、それが侵略されない島国の我々には刷り込まれてる。もちろん引き継いでいる人が総理になったりはしてますが、明治政府でその体制も一応は終わりを迎えてます。なので、天皇制も終わりじゃなければ続くだろうし、終わりがくるなら来る、それくらいでその時々で考えれば良いのじゃ無いでしょうか?

という先延ばし丸出しの意見です笑。

 

そんな感じでなぜ続ける?その所以はどこにある??なんてことを、あーだーこーだ言って宴もたけなわになった頃、ちょっと雑な例えをぼくが言ってみました。

 

その町のみんなか好きな、十代以上続いている老舗料理屋があって、継ぎ足しのタレで作ったうなぎが看板商品。これをどうしましょう?というようなことを言ってみました、、、笑。ちょうど読書会の場所が、ぼくとメンバーの先輩がいつもお世話になってる、80年以上の有名な居酒屋さんだったので、

「先輩はいつも刺身と湯葉だし、ぼくも長年食べすぎて最近食べられなくなってしまったシメ鯖、ここといえばシメ鯖って皆言うでしょ?、常連ベテラン組はあまり頼まないかもだけど。その日に注文しようがそうでなかろうが、これがこの店の代表メニューだと思ってる人が大多数。それをもし次代の大将がメニューから外そうとした時のことを想像してみたら、この話がわかりやすくなるんじゃ無いですか?。先輩みたいに食べない人はそれでいいでしょうし、僕みたいに今食べない人はまあ無くなっても仕方ないと思える。でも毎回食べる人はもちろん嫌だろうし、たまに食べたい人は淋しいと言うでしょ。」

こんな感じで話してみると、みんなが"おお〜、その例えしっくりきた〜!"と喜んでくれたのが今回のぼくの成果でした笑。

と言うことで、鯖が絶滅して酢が作れなくなった時の日本人に考えてもらおうと思います笑。

 

やはり何かが変わるということを好まない人は一定数多く存在するのでしょうね。その方向と近いところにありそうなのが、無くなるということ(いわゆる侘び寂び的な移ろいを愛でる心)を受け入れず、永続的なものをぼくらはインスタントに好んでるのかもしれません。

 

 

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我が家のコウモリ蘭、日当たりと室温のバランスが良いのかすこぶる元気。グリーンは好きな方なのですが、我が家の場合2階のリビングが唯一の生息環境を提供出来る場所。なのでワサワサ育てる訳にもいかないので、

 

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こんなサボテンなどを。買った時は寡黙なヤツだという説明を受けたのですが、なんだかムキムキ伸びてくる、、笑。

 

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一昨日に友人にもらったアガベ、成長が楽しみです。

 

というこれ。

 

こんな感じの観葉植物が各ご家庭の主流でしょうし、ドライが流行したりもしてます。これって、切り花を飾るという行為を端折ってるともいえるのだと思います。ドライも元々枯れてる(厳密には違いますが)ので水やりしなくていいし楽だし、枯らして買い替えなくて良いという気持ちもあると思うんです。

こういうところにも生死や無くす・移ろうということを忌諱する感覚が現れているように思います。

鴨川の野草を積んで飾っているおばあさんと仲良くなったと、園芸雑貨を扱う友人から友人から聞いた事があります。素敵ですよね。

 

そういう行為で、物事の成り行きを体感出来るのかもしれません。

 

ちょっと真面目風味で本日のエンディングを迎えてしまいました、、、。

今度は軽薄な話でもしたいと思います笑。

 

それではまた次回。

MTBの話で申し訳ないのですが、割とDewey的な。

こんばんは。

スポーツ自転車の進化が止まりません、って誰やねんという感じではありますが笑、進化だったり焼き直しだったりが乱立状態だなあと、一歩引き気味のおじさんはそう感じる昨今。世界的に見ると大人気スポーツの自転車、ロードバイク界ではビンテージバイクという観念は当たり前にあったのですが、最近マウンテンバイクでもその兆しが。ぼくはMTB好きですのでやはりその流れは気になります。

MTBで初めて量産されたスペシャライズド・スタンプジャンパーというバイクがぼくと同い年で47,8歳、その前からアメリカのヒッピーがやり始めたのを考えると50〜60年弱くらいでしょうか。ようやく半世紀を越えてクラシックバイクを楽しむという人たちが現れました、これはまあまあ最新のブームかも、Instagramの人気に連動して加速という風にも見受けられます。普及拡大の始まった90年代のバイクがその主役、欧米の人はそれをレストアして楽しんでいます。日本の市場はその頃の車体は少なくて悔しい。そして去年の引っ越しでその部類に入るフレームを誤って処分してしまってることを思い出して、まさに後悔先に立たず笑。

そんな感じで生ぬる〜くインスタで#retromtbを眺めて楽しんでたのですが、最近ついつい旧車を入手してしまいました、お懐かしい…お久しぶりですという感じ。うちのチビの通学用自転車に使うパーツをオークションで探したりしている途中、たまに自分の興味のある物をパトロールしてたら、あら??皆買わないのこれ??というのを見つけまして。躊躇していると相方が「おい、買え。」とお尻を叩いてくれたのでクリック笑。Deweyで売ってる洋服によくある価格なので、自転車として考えると全く問題なさそうなのですが、自分の物を買うとなると石橋を叩き割る癖がついており笑、うちの奥方様はそれを見かねているのでしょう。

落札したそのバイク、初見の時は皆買わないの?と思いましたが、よく考えると買わないはずです、まずはブランドが訳分からんのです。日本のMTBの歴史を体感していると記憶にあるかも??くらいマニアックなブランド、前出のスペシャライズドの日本のOEMを当時受けてた工場の物といえば、MTBファンなら"へえ〜"くらいには思うでしょう。けどわかりづらい、それでピンク色のフレームだしそりゃあ不人気笑。ぼくもそこまでだと手を出そうとは思わなかったはずなのですが、詳細画像を眺めるとパーツが良い状態。まあこれも別にいらないという人の方が多いかもしれません。そんな趣味性だけの自転車を買おうという人は限られてるでしょうし、自分で全てバラして組み付け出来る人ばっかでもないですよね。

でもね、ヤングな頃のぼくはこういうバイクを買えなかった、その思い出の回収です。

 

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このフォークなんてまさにそう、今のサスペンションフォークの基礎となったスコットのユニショック。今のサスフォークではあり得ないなで肩がセクシーです、ワールドチャンピオンのデカールも綺麗に残ってます。

 

 

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そしてシマノLXの560系コンポ、このレバー以外のパーツも分解清掃すればピカピカになりそう。94年当時で中間ランクのパーツ、それでも20歳のぼくには手が出せなかった。その5年後くらいにフルサスバイクを組んだ時は、頑張ってこれより上位機種を使いました。でもやはりこの頃のLXを見ると、あ〜欲しかったなあ、、、と遠い目になります。

そんな当時のパーツを眺めていると、なんともオツな雰囲気。年月を重ねた製品というのは良い味を醸し出しますよね。

 

いや〜、やはりMTBはカッコイイ。

 

表題の"割とDewey的な"のことなのですが、これはレストア完成後にお話ししようと思います、ちょっと時間切れで。Dewey的に組み直そうと思ってます、Deweyのマスコットバイク。

また自転車だけの回がそのうちありますが、、ご了承くださいね笑。

 

それではまた次回。

ひとり飲みにほとんど行かなくなったこの数年について。

こんばんは。

衆院選が終わりましたね。

前回の受けで話し始めますと、投票したいので投票して参りました、ある意味のポリシーである一番弱そうなところに笑。

京都は、自民3・野党5・元首相補佐官の無所属の方が1なので、半々というまさに京都バランスを絵に描いたような結果でした。全国的には自民293・野党162・与無所属3・野無所属6・他無所属1ということだそうですね、関西はリベラルで東京はちょっと自民寄りで地方は自民、これまた絵に描いたような政治は地方からという形。安倍政権時の有力者が多数落選という側面もありましたが。

 

毎回美しいバランスを成し遂げる京都、その京都に住んで30年で九州ルーツの大阪出身、その辺のおっさんであるぼくが思う政治の形ってどうなんだろ?と無責任に考えますと、、

「国政は半分の人員に減らして自治体の強化、税金の配分も自治体メイン(国税は消費税だけとか良さそう)、政党も地方に増やして国会は保守とリベラルの2派に分ける」

そうすると市議会・県議会が身近になり、政策の色付けによって人口も均一化(変動) するでしょうし、国がコケる=国民大変、なんてことも今より減りそう。

だって、、、単純に世界レベルで100年前に比べると人口が激増してるわけで、日本だけでも100年前の3倍の人間がいるのですから(少子化はおいといて)、1政府で3倍の仕事をしてるということになりますよね。

そして昔よりも平均的に情報量も上がってるわけですし生活のベースも上がっている、それを束ねることをそれぞれに分担するというのも悪くないと思うのですがね。

近代化して200年程、世界の国々を見てもせいぜい建国数百年なわけです。日本にいるのでずっと国は変わらないなんて思っちゃいますが、曽祖父の代で今の国になったなんて人が世界には沢山いるわけです。あと100年もすればGAFAが作った国なんてのも無いとも言えない。あ、Facebookって社名変わったんですよね、Fじゃなくてなんだろ?。

 

無責任な上京区のおっさんの言でした笑。

 

 

しかしこんなことを言ってると、以前選挙翌日に飲み屋で言わせたおじさんに怒られたのを思い出します。「選挙行ったか若いの?」という感じで訊かれましたので、はいと答えると、「言っていいんやったらどこに入れた?」と。〇〇党と答えると、「なんでそんなわけわからん所に??」と語気を強められまして笑。「いや〜、いわゆる政治信条みたいなものが無いので与党と真逆に入れたくて」と返事、そこから「あの党はあんなことこんなこと変な考えをしている、お前わかってんのか??」となり、「まあ、、でもそれが公約として成り立つわけもないし、まずは当選しないでしょ」「は?お前適当なことばかり言って、考えて物言えや。」「いや、感情でモノ言ってるのおっちゃんでしょ?まあ政治なんて感情ですしねえ。」、そして、あ…いらんこと言ってしまった…と後悔したのですが先に立たず。そこから実に感情的に色々言われたけど忘れました笑。

そうなんですよね、人間なんて感情の生き物です、良くも悪くも。想像してみると、、、人を論じない(断じない)世界だとアルカイックスマイルでごきげんようという人しかいない、そこに微笑みはあっても大笑いは生まれません。それって人間らしくないと表現出来そうですよね。いわゆるお笑いのベースだって、変なことをする・失敗する・異質なことをする、それを見て笑う。そういうある意味いじめスレスレのロジックで成り立ってるわけですよね。笑う=楽しみの根底にはそういうものが存在するわけです、感情の種類の重要な1つ。しかしそれがあったから他の動物よりも発展できたわけですし。街頭でも放送でも実に感情的な話っぷりで感情に訴えかけます。そして感情で利権を分配しなければなりません(嫌味とかではなく大真面目に)。

 

飲みに行ってないの?という問いかけの返事にも、コロナで飲みに行けてない〜なんてよく言ってますが、正直に言えばコロナ禍スタートの半年以上前から格段に夜は外に出なくなってました。なんで飲みに出てるんやろ、、と考えると大体4分割、付き合い・独りで退屈・酒が美味しい、そして多分これが最も大きな理由である"クセ"。もちろん一緒に住む家族が出来たのが大きな理由であると言えばそうなのですが、クセで飲み屋の扉を開けるというのは能動的ではない。そして、ぼくを信用してくれる飲み屋のマスターはたまに行こうがちょいちょい行こうが変わらず喜んでくれる、またそういう所にだけ行くようになりました(今のところひとり飲みは長くしてないけれど)。

月並みな理由ですが、それに気づいた時になんだか飽きを覚えました。独居では無くなったしお酒の飲むのも家で平気になった、そうなると後は付き合いとクセ、コロナのおかげで付き合いというのに線が引かれたおかげでクセに気付いた。

ありきたりな事ですが、そうすると人の噂話から解放されました。これがぼくにとってはとても楽、こんな仕事しながら情報交換を軽視するのは良くないのかもしれませんが、噂というのは過分に感情が盛り込まれますので、、重い。同調してもしんどいし、反対しても大変だし、流しても止まらない笑。

同業者同士の話でも、大体へ〜ふ〜んと言ってるだけです笑。そしてこれが出来ないのは社会に属してる大人としてかなりダメなことだとわかりながら、この無責任さはやめられない笑笑。

そうなんですよね、人を論じると責任が返ってくる。でも人が人と生きている世界で人に物を売って生活しているわけですから、人について感情的にならないと根本原理が崩れます、とても無責任な状態だと思います。

だからといって人嫌いか?と問われるとおそらくそうではないと思います、じゃなかったら店なんてしない。むしろ服をお茶請けに人と話したいからお店をやってるという方が正しいのかもしれません。そうう意味では、酒が入らない分飲食店よりも話が暴れない、スポーツ屋さんよりも能力が関わらない、洋服屋って実はこの世で最も世間話をしやすい環境なのかもしれません。カフェだと話すことが目的になり重みが増しますし、洋服屋なら主題がそれて軽くなる。

 

まあ我田引水な発想ですね笑笑。

 

そしてDeweyもそんな感じでたまにでもしょっちゅうでも、皆さんに来てもらえたらなあと思います。

あ、そういえばうちの事。こういうことはあまり言わない方が良さそうなのですが、他店でやってるいわゆる囲い込み的なことは全くやってません、プレセールや限定会員だけのお得サービスのようなやつです。なんなら身内や同業の方に値引き的なことも一切してません。そもそも縁故では無くDeweyを見つけて正当に価値を見出してくれている方に申し訳ない・なので差をつけると自分の気持ちの処理が出来ない(無責任笑)・暴利を貪ってるわけではないうちのメーカーさんの商品に自信を持っている、そんな気分でしょうか。もちろんセールをすることもありますが、予定調和や他より先になんて考えが毛頭ないぼくですし(売上に無責任笑)、セールする理由がある時にそのタイミングでします。最近ならば、トリッカーズの掘り出し物が出たとかチノの旧品番が出てきたとか。なんなら掘り出し物とはいえオンシーズンのコートも先月からウェブショップにアップしてます。それをポーカーフェイスで、裏で歯を食いしばってやってます笑笑。

 

飲み屋に行ってない理由じゃ無くなって来ている、、、。

 

とまあ色々言ってますが、人に会う回数が戻れば自ずと外出も増えるでしょうし、飲みに行くこともまた多くなるのかも知れません。自分のバイオリズムもあるでしょうし、楽しくなれば毎日飲む日がまた来るのかも知れません。今はとりあえず朝の時間の使い方にムラがなくなり、夜も深くないので体が楽になりました。変わったのはそれくらい、他にこれ良かったなあなんてのは特に思いつきません。まあ今のところ、、ひとり飲みよりもバカ娘のバカ話に付き合う時間を確保することが優先順位上位(楽しいと認めたくない)なので、彼女が大人になればまたぼくの時間の使い方も変わるor戻るでしょうし、すでにぼくの飲みに付き合ってくれているということもあります笑。

人生日々移り変わるもんです、行雲流水、逆らわないように人生の時間を使えていれば良いなあと思います。

 

でも、、、静寂バーとかあったらいいのになあ、入店・注文・退店だけ発声OKで、客同士程よい距離感のカウンターで本読んだり自分の時間を思い思いに、とか笑。自宅では得られない1人空間って割と大切ですもんね。

 

ということで、、のみのお誘いはいつでもお待ちしております笑。

 

朝、TVを見ておりまして。

お久しぶりです。

全国的にも今日から?ご飯屋さんも通常営業に戻るわけですね、個人的には再来年くらいにマスクなしで過ごせるのかなあと思ってるのですが、この冬どう乗り切れるのでしょうねえ。。

そんなタイミングで総選挙、朝洗濯機を回しながらTVを点けると政見放送が。ちゃんと選挙にいきましょうというのが正しい大人の意見でしょう、ぼくも比較的それに寄り添って投票に行ってはいます。住民票が実家にあった若い頃は全く行ってませんでしたが、京都に移してからは大体行ってます。大体というのは、仕事の都合等で日曜の朝に行けない時がちらほらあったということになります、期日前投票に行くほど真面目ではないということですね笑。

そしてこういうのを公言するのもアレなのかもしれませんが、大体一番弱そうな人に入れます、感覚的には白票で出すのも何だし、どの党になろうが対局に引っ張って釣り合いを取りたい、その程度の浅はかな考えです。なので、義務とか投票しなければ何も始まらないとか、そういうことを真剣に思ったことがありません。

国民と政治は写し鏡的な物なのでアレですよねという、松下幸之助かマイルズか、どちらが先に言ったのかは知りませんが、ソレですよねと言いたくなる。東大や政経塾出身の政治家や官僚相手に、京都の服屋のおっさんが何言っとんねんですよね笑。そう思ってみると、、、

 

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壮大or心拍数を上げそうなBGMで、おっさん&オバはんが芝居がかったアピールを繰り広げたこれが、とても他人事に見えるんです。通販番組と同じようなフォーマットで構成された感じ、こんないい物買わなきゃ損!というような。それならばむしろテレショップの方が純度が高い笑。

「これがイケてると思って作ってる=国民のイケてるレベルがこれ」なのか、「国民のレベルがこれくらいだから合わせて作ったらええやん」でこうなのか、、、どうなんでしょね笑。

プラトンのいう"理想的な社会は理想的な成員が構成する"を真に受けると、やはり人間が数万人以上で動くには幾ばくかの犠牲者が出て当たり前ということになりますよね。

しかしこれだけ色んな情報が誰にでも見られる世の中になったのですから、どこか1つくらいの政党が「コレをOKしてくれたら、その人達にアレを享受させるので、ソレを我慢してね、無理だし。」とか言ったらいいのに。

 

そういう損得勘定とか選別とか、もちろんぼくらの業界でも同様ですし、皆さんの属している業界でもそうだと思います。そういう意味では、、、Deweyは1人のお店でそれぞれの皆さんの顔が見える(通販の方もいらっしゃいますので仮に)体制、プラトニックです。そしてこれすら自然or正しいことなのかも分からない笑。

 

いや〜世の中は虚構で成り立ってます(前回お話ししたサピエンス全史の影響受け過ぎ笑)。

 

 

 

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一昨日のお休みはこれを見てきました。全部見て最も感じたのは、アスファルトの無い世界っていいなあということ笑。やはりこの150年くらいの世界の成長曲線は異常ですよね、政治家の皆さんも大変でしょうね。

 

ということで、投票したい人は必ず投票にいきましょう笑笑。

 

 

追記。

政見放送エンドの直後、

 

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マンドリルのアップでした、こんなに嘘くさい配色の顔してるのにシンプルに生きてるな〜と思ったりして笑。

直近の読書事情。

こんばんは。

このところ無駄話を全くしておりませんでしたので、なんとなく最近読んでる本はこんなの〜というのをお知らせしようと思います。誰トクやねんと思いますが笑、まあ無駄話なんてそういうものです。

 

 

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最初はいつも通りの月刊「文學界」。

純文学ベースの月刊誌の最右翼ですね、一応毎月購読してます。毎月買うなら定期購読で送って貰えば良いと思うのですが、これを求めに本屋さんに行くというのが月初の儀式みたいになってて悪い気分ではないのでそうしております。独り身の頃は自宅に帰ると取り敢えず開いて晩御飯を食べ食べこれを読んだり、帰り道一人飲みしながら読んだり、なので隅々まで読んでおりましたが最近はつまみ食い、赤ちゃん食べ状態です笑。まあ雑誌なんてそんなもんでしょうし、暇な時に読み残しを思い返し"そういえば?"なんてこともあるでしょうし、そんな感じで毎日カバンに入れっぱなしです。まあ、お守りみたいなもんです。

因みに今月のプルースト特集、「失われた時を求めて」は読書好きは読むよね?という存在のギネス認定最長長編小説、毎年手をつけようとして指を引っ込めてるぼくには目に痛い笑、参加している読書会でも時折これどうするよ〜と話題に。とはいえこれをきっかけに読めるかも、、、まあそのうち読むと思います。

 

 

 

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次、ハラリの「サピエンス全史」。

これはようやくです、読まなければと思いつつ5年、巻末見ると89刷りを買ってました笑、恐ろしく売れてます。

シンプルにとても面白いです、そのうち読んでも良いかもと思ってた方はすぐにでもどうぞ。ぼくがようやく重い腰を上げた理由は、続編的に書かれた「ホモデウス」の内容を素直に感じ取るのにタイムラグがない方がよのでは?と思いまして、それで。

読んだことがない・知らなかったという方にラフにご説明すると、なんというか、、人間の具合について分析してみたよ、そんな感じでしょうか笑。

「人類が勝者になった利用は虚構(嘘)を信じる力があったから」どうでしょ、面白そうでしょ??。イスラエル人であるハラリが、"宗教という嘘を"とぶった斬ってるところに物凄い説得力を感じます。

ビッグバンで宇宙が誕生してから訳わかんない位経って人類の形跡が見られ始め、そこから300万年。動物のヒエラルキーの中位であるはずの人間(というかホモ・サピエンス、ここ重要)が、最近いかにして食物連鎖の頂点に立ったのか?という話です。そう、最近です笑。

俯瞰で自分の種を見られるという面白さでしょうか、人を他人事で眺めて見たらばという気分。本書の内容からは逸れますが、人間自体がヴィールス由来かも知れないという研究結果もあるそうです。我々もコロナもそう変わりないということですね。地球に感性があるとすれば環境問題なんて、さっきから皮膚がチクチクするなあ、、くらいの感じでしょうね笑。

 

ついでに、これは最近というわけではないのですが、

 

 

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養老先生のさかさま人間学

養老先生が子供向けに出版したイラスト本、うちのチビにと思って買ったのですが今後読んでくれるかは謎です笑。人間は人間だけで通用する概念に縛られているということ、時間も物事も勝手に人間が人間だけの物差しを作って考えるからヘンテコになる、自然の物差しだとそんなことは通用しない。生物多様性と唱えてらっしゃいますが、おそらくご本人もその呼称に納得がいってないと思います。確かにそのネーミングだとどうしても人間の枠の中でしか考えられないような気もします。サピエンス全史を読んでから養老先生のおっしゃる事に目を通すと、その人間的自己中心的な枠を抜け出して相互性を感じられるような、、、知らんけど笑。

そういう意味では失われた時を求めてなんてのは、人間の概念の塊を壮大にまとめ上げたようなものかも知れませんね。

 

 

 

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最後にこれ、先月発売の新刊で水谷千秋氏「女たちの壬申の乱」。

面白いです。氏の著書は以前もいくつか読んでまして、マックから新しい味のハンバーガーが出たので食べた、それくらいの感覚でもありますが笑。でも知りたいことと読みたい速度のバランスが心地よく、読んでて楽しい。既存の説についての氏の見解も自分の感覚に合うのか、納得しながら読み進められます。

女性からの切り口で歴史を紐解くというのは割合最近のブームな気がするのですが、これは無理さがなく自然に読み進められてます(まだ途中)。

歴史といえば戦国や幕末期が人気ですよね。最近は応仁の乱周辺や承久の乱周辺なんかの地味だとされていたところも注目され始めてますが、奈良時代の歴史って、いつまで経ってもあっさり通過されますよね笑。ニッチを気取るわけではないのですが古代史に分類されるところが好きで、なんだか生っぽいんですよね。その後今に至るまでの日本文化の根幹を形成した平安時代の骨組みは奈良時代に出来てますし、政治と人間の欲望や愛情が直情的にミックスアップされてます。貴族と武家なんて差のない頃で天皇自ら刀を取って戰に出てます、女性も割合言いたいことはっきり言ってるし。前述に近い感覚で言えば、都とされるところが後の我々から見てまだ都市といえない完成度、生っぽいのかも知れません。平安京以降の京都や江戸の町のような建造物だけの世界でなく、アオニヨシな感じで草が広がり山を望み、青空に雲が走り、そんな中に奈良の都が調和している。海に行けば屈強な男が並んで大きな櫂を手繰り寄せている。なんとなく、自然界に於ける人間のはみ出し具合が丁度良い気がします。

飛鳥・奈良時代を例えて言うなれば、ロックが細分化される前のビートルズ時代笑。

まあ歴史なんて勝者の書き換え、どうせなら古代の方がちょっと遠くて想像して面白いというものです。そんな時間軸だって地球からすれば豪秒の違いでしょうが笑。

 

ということで、言い回し方で4冊の共通点的な物を無理矢理ねじ込んで話しつつ笑、締まりのない感じのままで終わりますが、最近ぼくが頭に与えた栄養はこんな感じです。

 

皆さんが読んで面白かった本もまた教えてくださいませ、お店でコーヒー用意してお待ちしてます笑。

 

それではま次回。